ちょっとひと休み

きらきら煌くあいばくんがすき

多くの「きっかけ」をくれた人

翔さん、34歳のお誕生日おめでとうございます!

嵐のメンバーの中で、いや、すべてのTVの人の中で、今までで一番長い期間を見てきたのは、間違いなく翔さんです。20歳から知っている翔さんがもう、34歳。あれから14年。…14年だって!時の流れの速さを実感します。すっかり、仕事がバリバリできる大人の男性になりましたね。

翔さんは、本当にたくさんの「きっかけ」を私にくれた人。本当に感謝しています。ありがとう。色々とある中、大きく分けて主に3つ。とても個人的な、思い出話です。

1. 嵐の楽曲を買うきっかけ

嵐については、デビュー曲が学校のお昼の放送で頻繁にかかっていたり、歌番組などでも目にしたりする機会が多かったので、グループ自体は知っていましたが、メンバー個人個人を知ったのはそれから少し経ってからでした。

顔と名前がきちんと一致したのは、翔さんが初めて。2002年、ドラマ「木更津キャッツアイ」のバンビ役、翔さんがちょうど20歳になった頃でした。

当時V6岡田担だった私は、岡田くんが出るからと、木更津を見始めました(岡田くんの話:「続ける」ということ - ちょっとひと休み)。当時大学生だった翔さん。中学生だった私から見て、大学生の翔さんはとても大人に見えました。そして、学業とお仕事を見事に両立する姿に、憧れた。その当時から翔さんのイメージは、誰に何を言われようと、私の中でずっと変わらずかっこいいお兄さんです。

木更津の主題歌だった、『a Day in Our Life』が、嵐のシングルで初めて買った楽曲でした。以後、紆余曲折あり(受験期間にV6から自然とヲタ卒した後、某ミュージシャンや漫才師を追いかけていました)、FCに入り今の熱量で追いかけるようになったのは2011年ですが、その期間もずっと、嵐に関しては好きな楽曲を買い続けることになりました。今も特別な思い入れのある楽曲たちは、この期間に買ったものが大半です。『PIKA★★NCHI DOUBLE』と『season』が自分の中で不動の1位。

余談ですが、2002年当時、嵐担になろうと考えたことがありました(CDは時々購入していたので、FCに入ってコンサートに行ってみたいという意味で。歌番組で見たダンスが超揃っててかっこよかった)。でもV6を応援しているから、と、悩みに悩んだ末にやめてしまったことを思い出します。子供心に、他グループに浮気しちゃダメと思っていたのかもしれません…もったいないことをしました。でも、もし当時嵐担になっていたら、受験の時にヲタ卒してしまっていたかもしれないので、あのタイミングが私にとってベストだったんだと思うようにしています。あれから時を経た現在は、もうそんなこと気にしないDDになってしまいましたが…どのグループも、みんな違ってみんな良い。

2. NEWS ZEROを見るきっかけ

2006年、大学生になった私は翔さんがニュースキャスターになった!という報道を見て、これは見なければ…!と。初回が始まった瞬間を、今も鮮明に思い出します。まだ襟足も長くて、まだ少しチャラくて、でもキリッと真面目にニュースを読む姿はもう、とにかくかっこよかった。

その直後に放送されていた宿題くんも流れで毎週観ていたのですが、真面目なキャスターからちくびあきTシャツへの落差がもうすごくて(笑)。爆笑していたのを思い出します。相葉すごろく、最高に楽しかったな。

3. 特番を見るきっかけ

翔さんが取材しているからと、ある特番を見るきっかけになりました。翔さんが取材していなかったら絶対見ていなかったであろうジャンルのもの。あまり詳しくは書けないのですが、その番組で知った内容を友人に話したことが、友人の人生を変えるきっかけのひとつになったことも、忘れられない思い出です。

いつか翔さんに直接会うことができたなら、このお礼を必ず伝えたい。

 

翔さんは、きっとどんな仕事を選んだとしても成功していただろうと、想像に難くない人。ですがその中で、浮き沈みの激しい可能性が高い「アイドル」というお仕事を選び、多忙な中でも勉強を欠かさず多方面で活躍し、コンサートでは「ステージ上終身雇用!」と歌い、攻めの姿勢で突き進む翔さんは、本当にかっこいい。何よりも、嵐の翔さんが、大好きです。初めて入ったコンサートは天井席で、その天井席に向かって、「上の方!」と何度も何度も、誰よりも、手を振り続けてくれたのは翔さんだったこと、ずっと忘れないよ。

この1年が、翔さんにとって素晴らしい1年となりますように。

34歳、ますますのご活躍をお祈りしています。

お誕生日当日、本日月曜日。

今晩も生放送で姿を見られることを、楽しみにしています!